チュウ君と再会したのは2003年9月19日の夜、東京駅のコンコースだった。父の転勤があって大阪に引っ越すことになり、僕は五人と一ぴきを去ったのだが、いつのまにか30年を越える時が経っていた。どこで知ったのか、娘が五人と一ぴきのホームページがあると教えてくれて、懐かしさでチュウ君にメールしたのだった。

　僕はチュウ君やフクちゃん、ミッチー、アーコらと人生の最も多感な１２，３歳の頃を、テレビ塔近くのNHK名古屋スタジオで、ほとんど毎日を一緒に過ごした。最近の子役は、本当にうまいな、プロだなと思うのだが、少なくとも僕はアマチュア感覚が抜けなかったから、友達が楽しそうに遊んでいる時間に、大人に混じって仕事をすることは、それなりに苦痛だった。だから、視聴率が高くて、当初一年の予定だった番組が延長されても、いつまでやるんだよ、っていう感じで、うれしさを覚えることはあまり無かったように思う。幼すぎて、あの番組が、どんなふうに子ども達に受け止められているのかっていうことにまで、思いをはせることができなかったのだ。

　だから、このホームページで、あの少年探偵団のことを今でも覚えてくれいる人がたくさんいるのだと知って、気恥ずかしくなった。もっと真剣に取り組んでおけば良かった、なんてダメな子だったんだろう、と思った。そんな僕とちがって中条さんは、ちょっとひょうきんでこころころしてみんなに愛されるチュウ君を最後まで演じきったのだ。

　東京駅でチュウ君を待ったとき、何年も会っていない彼がわかるかな、僕のこと見つけてくれるかな、と不安だった。でも、少年の面影を残した中条さんを見つけることは簡単だった。中条さんは酒が飲めないのに駅の居酒屋に付き合ってくれて、あれからのことをたくさん話した。ちょっとせっかちな話し方は子どもの時と同じだ。彼はIT業界のニッチ的な仕事しているという。僕は医療を仕事にしていることを話した。そして、意外にも彼は、アンパンマンのことを熱心に語った。僕はアンパンマンで育った世代ではないから、アンパンマンは困っている人がいたら、自分の顔を食べさせて元気にしてあげることも知らなかった。平和のためには自己犠牲を厭わないアンパンマンの勇気が、子ども漫画に描かれているなんて思ってみなかった。だから、中条さんの話に知らないうちに引き込まれていた。アンパンは、ばい菌マンと戦うけど、懲らしめるだけで決してたたきつぶすようなことはしない、21世紀は敵を徹底的にやっつけるウルトラマンではなく、アンパンマンみたいな正義が求められていると彼は語るのだった。

　2001年6月の池田小学校事件とその年9月のＮＹテロ、国内外で発生した信じがたい事件に震撼とさせられていた僕は、善悪のよりどころをどこに求めたらいいのかさっぱりわからなくなっていて、ちょっと神経症気味だった。だから中条さんの話がとても新鮮で、アンパンマンを見て育った子ども達に、未来を託せるかもしれない、と漠然と思ったのだ。

　その日、大阪に帰らなくてはならなかった僕は、「語りきれなかった話をまたしよう」と言って中条さんと別れた。だが、いつでも会えると思うと、なかなか機会がないものだ。それっきりになってしまった。

　昨年、東日本大震災があって、この国に暗雲が垂れ込めたとき、被災地にアンパンマンマーチが流れたと知って、僕は中条さんのことを思い出していた。

　なにが君の　しあわせ　なにをして　よろこぶ　

　わからないまま　おわる　そんなのはいやだ！

　わすれないで　夢を　こぼさないで　涙　だから　君はとぶんだ　どこまでも

　そうだ　おそれないで　みんなの　ために　愛と　勇気だけが　ともだちだ

　ああ　アンパンマン　やさしい　君は　行け！　みんなの夢　まもるため

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（アンパンマンマーチ　２番）

　こんなに意味深い詩が軽快なメロディーに込められている。この歌を聴くだけで、勇気づけられる子どもや大人が被災地にはたくさんいるんだと思った。

　中条さんの訃報に触れたのは、ついこの前、久しぶりに訪れたこのホームページだった。どういうことなんだ、と思った。アンパンマンのことを熱く語り、この世の中、そんなに絶望することないよ、と教えてくれた彼が、何故こんなに早く逝かなくてはならないんだ、と思った。死、もうどれだけ手を伸ばしても、彼に届かない当たり前の事実が、僕をざわつかせた。どうしてもう一度会っておかなかったのだと悔やんだ。

　ねえ、チュウ君。子役だった僕たちが一緒に過ごした時、あれは結局なんだったんだろう。あの番組を見てくれていた子ども達に、夢と勇気を与えることができたのだろうか。子役を辞めた君は、それからもずーと子ども達の生きる世界に、責任をはたそうとしていたんだ。

　君は逝ってしまったが、僕は時々、あの頃に戻ることにするよ。そしたら君もちゃんと帰ってくるんだ。フクちゃん、ミッチー、アーコ、もちろんホームズもいる。そして、みんなで無邪気にじゃれあったあと、言うんだ。
「僕たち、頑張ったよな」って。

　チュウ君、また会おう。